ギリシャ・シンドローム

ギリシャ・シンドローム

50年前岩田家が倒産に追い込まれていた時の状況を思い出しました。

1 銀行からの融資を唯一の解決策とし、これを神だのみしていたこと。

2 キャッシュフローとはエネルギーフローであり、キャッシュがないとは、エネルギーがじゃじゃもれであることの発想は皆無であったこと。

3 誰もがしてもらうこと、支援されることのみを求め、自ら自立して稼ぐことを考える人は皆無であったこと。

4 何故我々がこんな目にあわなければ、と犠牲者のアーキタイプに乗っ取られ、皆不安で、怒り、傷つき、周りを責めまくっていたこと。

5 エネルギーが老化していたこと。長年の安定志向、恩顧主義、自分ら特別主義、なんとかなるやろ主義などが定着し、重篤な記憶習慣病に陥っていたこと。

アリストテレスや民主主義のオリジナルコンセプトを生み出したあのギリシャがなんというなれの果て!

よく見よう。これが人生だ、と。過去の栄光であれ、トラウマであれ、過去のプロフィールを売り物にしていると「♪名だたるものをも求め、輝くものを追って、人は氷ばかりつかむ♪」

子供と犠牲者のアーキタイプに乗っ取らせ、一切の冒険を拒み、言い訳の明け暮れの日常。

にもかかわらず、よく、よく、よ~く見てみれば、人は闇に降りることで光への第一接近をしているのだ。新しい政治・経済のチャプターが始まる入り口に立っている。

全ては稼ぎ力から始まり、稼ぎ力がエンパワメントにつながり、エンパワメントが仕合せを生み続ける。

 

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