細胞の時間 「のびのびと」

第一フェーズの群や部族の経験を経て、人は自由を求めて第2フェーズへ抜け出します。ここでは、自分のスキルとアイデンティティーを獲得する「ガリガリ亡者」の大切なフェーズです。

そしてこの「ガリガリ亡者フェーズ」にデフォルトがかかり、経済活動と人間関係に袋小路感覚がきます。

幸運なひとは、そのデッドエンドの袋小路を始まりとして、勇気を持って「のびのび」と生きる第三フェーズ原人の生活に踏み込んでいきます。

今までの繰り返しになりますが、第三フェーズ原人への参入は、第1フェーズと第2フェーズを経過してのみ可能となります。従って人生の苦しみや悲しみは決して無駄ではないのです。ここが生物としての生き物と人との決定的な違いかもしれません。

にもかかわらず、今西錦司さんの「折々のことば」は、優れたメタファーであると同時に、ある懐かしさを禁じ得ない第3フェーズの生理的、生物的バージョンです。
        岩田静治

生物は、つねに余裕をもった生活をしている。そしてその余裕を惜し気もなく利用したいものに利用さしている。
  (今西錦司)
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 ヒガンバナは、花は咲いても実はならない。繁殖は地下茎でおこなう。だから昆虫に受粉を助けてもらう必要がないのに、立派な花を咲かせ、そこを訪れる蝶(ちょう)に花蜜を差し出す。植物はさまざまな動物に食われ放題。人のように「我利我利亡者」ではなく、「のびのびと」動物たちを養っていると生態学者は言う。随想「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」から。

折々のことば 9月18日 朝日新聞より