細胞の時間 「専門家」

稼ぐ力から、稼げる力から、言い換えれば、食っていく能力は、第2フェーズで培われ養われます。

第2フェーズは生成過程の踊り場です。ここに長居は禁物ですが、ここをしっかりクリアしていないと、後年で依存度の高い、せまくて、せこくて、機嫌の悪い高齢者になります。

第2フェーズには必ず地殻変動的なデ・フォルトが起こります。その時人は選択の分岐点に立ちます。

脱兎のごとく逃げるか、勝算して戦うか、それともで戻るかの道が一つ。

もう一つの道は、このデ・フォルトを第2フェーズの終わりとしてより、第3フェーズへの旅程の始まりととらえ、そこに新しい意味、促し、地図、旅程を見る認知風景です。

これが第3フェーズ、言い換えれば、ペントハウスから観る「つくりや」の景観です。

このフェーズに入るには、並外れて広い、多岐・多様にわたる情報へのアクセスと、このフェーズを知っている先達のガイダンスと知恵の存在が必須です。

知恵は蔵(しま)ってあることば、メッセージから産まれます。

第2フェーズの専門性が、この蔵ってある知恵で味つけされた時、人は誠の専門家になるのでしょう。一つのものを完成させた第三フェーズの専門家は、自分の専門を声高に叫ぶ必要なありません。なぜなら、このフェーズではエネルギーやスピリット(宗教ではありません)が主軸となっていますから、小さな声でも果てしなく届くのです。色あせることのない第3フェーズの「専門家」でさえ、Point of No Return (もう絶対に転げ落ちない)との保証はありません。

人が生きる行程は、果てしなく”Becoming(なっていく)”であり、ものを所有や占有でなりたつ”Having(もっているか、いないか)”の話ではないからでしょう。

そんな第三フェーズ原人の旅路が私の望むところです。

今日の折々のことばもなかなかです。

あらゆることを勉強して一つのものを完成したというのが、本当の専門家だ
三波春夫


鷲田さんのことば
 対談「芸・芸能・芸術そして芸人」〈「海燕(かいえん)」1994年1月号〉から。この浪曲師・演歌歌手は読書と交友の範囲が並外れて広い。オペラ、京劇、歌舞伎に、さらに文学者、歴史家に学ぶことが自分の芸を鍛えてくれたという。これに作家・荻野アンナは「いまは『千門家』じゃなく『一門家』になっているんですね」と返す。専門家の「栄養」不足とスコープの狭さを改めて思う。(鷲田清一)

折々のことば 令和元年9月15日 朝日新聞より