細胞の時間 「第1フェーズ:安定と中毒」

ひとは第1フェーズに生まれ落ちます。これに例外はありません。

ここはフェーズの安定が最優先されるエネルギー場です。状況によって多少の差違はありましょうが、ひとはここである期間人生の時間を過ごします。ここで大地や自然という大きな、そして大切な安寧、安定、そしてサポートの時空を送ります。

時間の経過と共に、この安定第1フェーズでひとの意識にデフォルト起こります。今までの安定環境が束縛に感じられ、拘束されていると覚えはじめ、そしてそこでの滞在が中毒にさえ思えるようになります。

実は、この「中毒」感覚が、第2フェーズへの移行を促す生命の働きなのです。

不登校はその一つのリアクションです。「もうここはいやだ。全員一致の、一斉行動はいやだ。先が見えない。未来を感じない。周りに希望がかんじられない。」などなどの感情が吹き上がってきます。

これ、めちゃ正常な意識の反応です。フェーズの移行期には例外なく経験される感情意識です。もちろんこの私も例にもれず経験しました。私の子供たちもそれぞれ経験しました。

大切なことは、「それであなははどうするの?」です。ひきこもり、不登校をしながら次なる第2フェーズへの準備をするのか、それともそのまま「中毒」を嫌い、その嫌いの「自分中毒」に居続けるのか、です。

私は引きこもりや不登校の方々にたくさんお出会いいたしました。人生の途上で、一時的にこの踊り場で立ち止まるのは、当然、いや、大切なことです。

でも、です。ここが始まりであるという認知風景がなければ、ひとはこの「中毒」地獄で不必要に苦しみます。時間を浪費します。

パンの発酵過程でも同じです。発酵の時間は絶対条件です。パンは発酵期間の間、中では摩訶不思議な変化と変容を遂げています。そしてある期間がきたならば、おいしいパンに焼きあがります。発酵期間、つまり、不登校や引きこもりの時間を持たなかったパンは、おいしいパンになりません。パンのメタファーは私にとっては、第三フェーズ原人になっていく最適なメタファーです。

岩田静治
行動科学研究所

今日の折々のことばも、ある条件のもとにビンゴです。

「学校へ毎日行くのは、中毒と同じだ」
  (佐々木幹郎の父)
     ◇
 高校の美術教師だった父は、孫が不登校になっても何も言わなかったと、詩人は言う。詩人が昔、美大を受験しようとした時も、絵が好きならそのための金は他のところで稼げとも。学校という〈枠〉の外でもがきながら羽ばたく姿を、背後からじっと見守っていた。成人が毎日職場に通うのも「中毒」? 一度は考えてみたいこと。詩人の随想集『パステルナークの白い家』から。

折々のことば 9月12日朝日新聞より