細胞の時間 「錬金術師」

私のアーキタイプの一つに「錬金術師」がいてくれます。錬金術の本質は、鉛など生の素材を錬金して、金、つまり何か高価なものに変成させる技です。私はこのアーキタイプのお陰で81年の人生を錬金し続けております。

ただ、錬金術師の闇はデカいメッセージを送ってくれます。それは物事の生成や成長に関する時間という函数です。ものごとの生成や錬金の過程には、十月十日(とつきとうか)という絶対時間があります。これは短縮することも、長らえることもできません。母親の胎内の赤ちゃんを早く生みたいとして3ヶ月で出てくれば、その生存率はほぼゼロに等しいでしょう。

私はあせりやなのです。いつでも早回ししたい。私は早く自分の思い通りの結果を出したいがために、ものごとのギクシャク性を嫌い、それを避けるべく無理な、不自然な手を打つ傾向大です。これは私の「闇」の一つです。今までの人生で経験した山ほどの失敗は、この生成時間、ギクシャク時間への侮蔑と無視にその原因があります。

そのお陰で、この頃は少し賢い、ましな錬金術師になってきております。

古いフェーズが壊れ、そこから新しいフェーズが錬金されるためのギクシャクする生成時間には、然るべき敬意を払って日々を営んでおります。

今日の折々のことばは、ドンピシャの感があります。

決して早回しできないものがある
加藤典洋


鷲田 さんのことば
 短縮したり圧縮したりできないもの、どうしても省くことができないものが、経験にはある。人生においては暗中模索が続く思春期がそれだと、文芸評論家は言う。作文もそう。書くことに抵抗というかつかえのようなものがあって、書くうちそれが自分と「のっぴきならない関係」になる。そんな「ギクシャク」を経てはじめて文章は「色づく」と。『言語表現法講義』から。(鷲田清一)

折々のことば 朝日新聞 9月10日火曜日より