細胞の時間「つくりやの構造」

何がものができるとき、ものをつくるときのエネルギー源は何でしょうか。

世間一般の常識や、自分が知っている・もっている知識でも、ものやことは動きます。しかし、状況や環境の変化と共に、これらのエネルギー源は突然役に立たなくなる時があります。今まで通用していたものが、突然にして役立たずの機能不全になったりします。概念というものです。これでものを作り続けることはできません。その時だけのオペレーションです。その時が終われば、それで終わりです。

これがないとできないとか、あれがあればできるとかの状況への依存設定は、ことやものにデフォルトを起きる時、突然無効になります。概念は強いようで、めちゃ脆弱です。有効なのはその時だけですから。

それに対して、ものやことの組み合わせて、ことを起こしたりものを作るのは、概念という分析的で知的な解決手法によるのではなく、「記号」という、意味や問いかけに応える直感であり、思考ではなく試行であり、遊びなのです。これを知恵を働かせるといってもいいでしょう。それはエネルギーの世界であり、無意識ならず意識の領域のできごとになります。

第三フェーズでは、この「知恵」や「意味」や「直感」が主軸になる、目覚めた意識の日常が展開します。

ブリコルールという変なことばは、Bricoleurというフランス語で、無関係に散らばっていた記憶や情報を集めてきて、あっと驚くような新鮮で美しい構造デフォルト・ネットワーク構造を生み出すことを意味します。

今やこれなしでは生きていけないとでもいうiPhoneやスマートフォンも、電話技術とインターネット技術を組み合わせ、ブリコレしたものです。

意識がパーソナルな世界を越えて、インパーソナルな世界に移行するとき、ブリコラージュの世界に入ります。ブリコルール、日本語では「まかない」の世界に入ります。人はまかなう知恵と技術を発揮して生きているとき、面白くて、ワクワクして、楽しい「つくりや」の日常を生きています。

私達は皆、まかない振る舞う能力を備えた生き物です。

岩田静治
行動科学

冷蔵庫の在庫一掃に踏み切る時、料理人はブリコルールである。
池澤夏樹
鷲田さんのことば
 ブリコルールとは、ありあわせの物を用い、工夫して何かをつくる人のこと。料理は「身体感覚を用いる科学の第一歩」であり「個人単位の科学」だと、作家は言う。たとえば火加減は、熱伝導や放射・対流の「応用問題」だし、消化を助け、食物の毒性を中和する知恵でもある。人はだからいわゆる《身辺物理学》者としてもっと胸を張っていいのだと。『科学する心』から。(鷲田清一)

折々のことば 9月3日朝日新聞より