細胞の時間 「新しい価値」

新しい価値の創造は、異質なるもの、異質なる文化、異質なる環境が摩擦し、衝突し、組み合わされ、融合し、ごちゃまぜになったところから生まれ出るものです。

今までの慣れ親しんだ世界が壊れ、そこから新しい構造が新芽のように立ち出でる時、その工程には多少の陣痛という苦痛があるものの、やはり、時満ちてそこから生れ落ちる新生児の産声は、何事にも比べようのない感動と畏怖の念を禁じ得ないものです。

新しい令和の時代には、男性と女性の今までにみたことのないような、いや同時に、どこか昔に見たことのあるような懐かしさを伴う、関係性が生れ落ちるでしょう。

男性と女性にそれぞれ個別に、生得的にエンコードされた12の元型が、互いにそろそろ歩み寄り、そこに異質の元型がコクリエイト,共創する時、今までにない「新しい価値」が産声をあげるのでしょう。

異質の元型群が共創し、人が闇に降りて、闇にのまれることなく、光に触れ、光を生きる。

上野千鶴子先生の祝辞には、令和の善きメッセージが溢れれんばかりです。

平成31年度東京大学学部入学式 祝辞

ご入学おめでとうございます。あなたたちは激烈な競争を勝ち抜いてこの場に来ることができました。

女子学生の置かれている現実

その選抜試験が公正なものであることをあなたたちは疑っておられないと思い ます。もし不公正であれば、怒りが湧くでしょう。が、しかし、昨年、東京医科 大不正入試問題が発覚し、女子学生と浪人生に差別があることが判明しました。 文科省が全国 81 の医科大・医学部の全数調査を実施したところ、女子学生の入 りにくさ、すなわち女子学生の合格率に対する男子学生の合格率は平均 1.2 倍 と出ました。問題の東医大は 1.29、最高が順天堂大の 1.67、上位には昭和大、 日本大、慶応大などの私学が並んでいます。1.0 よりも低い、すなわち女子学生 の方が入りやすい大学には鳥取大、島根大、徳島大、弘前大などの地方国立大医 学部が並んでいます。ちなみに東京大学理科 3 類は 1.03、平均よりは低いです が 1.0 よりは高い、この数字をどう読み解けばよいでしょうか。統計は大事で す、それをもとに考察が成り立つのですから。

女子学生が男子学生より合格しにくいのは、男子受験生の成績の方がよいから でしょうか?全国医学部調査結果を公表した文科省の担当者が、こんなコメン トを述べています。「男子優位の学部、学科は他に見当たらず、理工系も文系も 女子が優位な場合が多い」。ということは、医学部を除く他学部では、女子の入 りにくさは 1 以下であること、医学部が 1 を越えていることには、なんらかの 説明が要ることを意味します。

事実、各種のデータが、女子受験生の偏差値の方が男子受験生より高いことを 証明しています。まず第 1 に女子学生は浪人を避けるために余裕を持って受験 先を決める傾向があります。第 2 に東京大学入学者の女性比率は長期にわたっ て「2 割の壁」を越えません。今年度に至っては 18.1%と前年度を下回りまし た。統計的には偏差値の正規分布に男女差はありませんから、男子学生以上に 優秀な女子学生が東大を受験していることになります。第 3 に、4 年制大学進 学率そのものに性別によるギャップがあります。2016 年度の学校基本調査によ れば 4 年制大学進学率は男子 55.6%、女子 48.2%と 7 ポイントもの差がありま す。この差は成績の差ではありません。「息子は大学まで、娘は短大まで」でよ いと考える親の性差別の結果です。

最近ノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさんが日本を訪れて「女子教 育」の必要性を訴えました。それはパキスタンにとっては重要だが、日本には無 関係でしょうか。「どうせ女の子だし」「しょせん女の子だから」と水をかけ、足 を引っ張ることを、aspiration の cooling down すなわち意欲の冷却効果と言い ます。マララさんのお父さんは、「どうやって娘を育てたか」と訊かれて、「娘の 翼を折らないようにしてきた」と答えました。そのとおり、多くの娘たちは、子 どもなら誰でも持っている翼を折られてきたのです。

そうやって東大に頑張って進学した男女学生を待っているのは、どんな環境で しょうか。他大学との合コン(合同コンパ)で東大の男子学生はもてます。東大 の女子学生からはこんな話を聞きました。「キミ、どこの大学?」と訊かれたら、 「東京、の、大学…」と答えるのだそうです。なぜかといえば「東大」といえば、 退かれるから、だそうです。なぜ男子学生は東大生であることに誇りが持てる のに、女子学生は答えに躊躇するのでしょうか。なぜなら、男性の価値と成績の よさは一致しているのに、女性の価値と成績のよさとのあいだには、ねじれが あるからです。女子は子どものときから「かわいい」ことを期待されます。とこ ろで「かわいい」とはどんな価値でしょうか?愛される、選ばれる、守ってもら える価値には、相手を絶対におびやかさないという保証が含まれています。だ から女子は、自分が成績がいいことや、東大生であることを隠そうとするので す。

東大工学部と大学院の男子学生 5 人が、私大の女子学生を集団で性的に凌辱し た事件がありました。加害者の男子学生は 3 人が退学、2 人が停学処分を受け ました。この事件をモデルにして姫野カオルコさんという作家が『彼女は頭が 悪いから』という小説を書き、昨年それをテーマに学内でシンポジウムが開か れました。「彼女は頭が悪いから」というのは、取り調べの過程で、実際に加害 者の男子学生が口にしたコトバだそうです。この作品を読めば、東大の男子学 生が社会からどんな目で見られているかがわかります。

東大には今でも東大女子が実質的に入れず、他大学の女子のみに参加を認める 男子サークルがあると聞きました。わたしが学生だった半世紀前にも同じよう なサークルがありました。それが半世紀後の今日も続いているとは驚きです。 この 3 月に東京大学男女共同参画担当理事・副学長名で、女子学生排除は「東 大憲章」が唱える平等の理念に反すると警告を発しました。

これまであなたたちが過ごしてきた学校は、タテマエ平等の社会でした。偏差 値競争に男女別はありません。ですが、大学に入る時点ですでに隠れた性差別が始まっています。社会に出れば、もっとあからさまな性差別が横行していま す。東京大学もまた、残念ながらその例のひとつです。

学部においておよそ 20%の女子学生比率は、大学院になると修士課程で 25%、 博士課程で 30.7%になります。その先、研究職となると、助教の女性比率は 18.2、 准教授で 11.6、教授職で 7.8%と低下します。これは国会議員の女性比率より低 い数字です。女性学部長・研究科長は 15 人のうち 1 人、歴代総長には女性はい ません。

女性学のパイオニアとして

こういうことを研究する学問が 40 年前に生まれました。女性学という学問で す。のちにジェンダー研究と呼ばれるようになりました。私が学生だったころ、 女性学という学問はこの世にありませんでした。なかったから、作りました。女 性学は大学の外で生まれて、大学の中に参入しました。4 半世紀前、私が東京大 学に赴任したとき、私は文学部で 3 人目の女性教員でした。そして女性学を教 壇で教える立場に立ちました。女性学を始めてみたら、世の中は解かれていな い謎だらけでした。どうして男は仕事で女は家事、って決まっているの?主婦 ってなあに、何する人?ナプキンやタンポンがなかった時代には、月経用品は 何を使っていたの?日本の歴史に同性愛者はいたの?…誰も調べたことがなか ったから、先行研究というものがありません。ですから何をやってもその分野 のパイオニア、第 1 人者になれたのです。今日東京大学では、主婦の研究でも、 少女マンガの研究でもセクシュアリティの研究でも学位がとれますが、それは 私たちが新しい分野に取り組んで、闘ってきたからです。そして私を突き動か してきたのは、あくことなき好奇心と、社会の不公正に対する怒りでした。学問にもベンチャーがあります。衰退していく学問に対して、あたらしく勃興 していく学問があります。女性学はベンチャーでした。女性学にかぎらず、環境 学、情報学、障害学などさまざまな新しい分野が生まれました。時代の変化がそ れを求めたからです。

変化と多様性に拓かれた大学

言っておきますが、東京大学は変化と多様性に拓かれた大学です。わたしのよ うな者を採用し、この場に立たせたことがその証です。東大には、在日韓国人教 授、姜尚中さんも、高卒の教授、安藤忠雄さんもいました。また盲ろう二重の障 害者である教授、福島智さんもいらっしゃいます。

あなたたちは選抜されてここに来ました。東大生ひとりあたりにかかる国費負担は年間 500 万円と言われています。これから 4 年間すばらしい教育学習環境 があなたたちを待っています。そのすばらしさは、ここで教えた経験のある私 が請け合います。

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒 頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があ なたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思える ことそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと 忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思 えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押 し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそで す。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひ と、がんばりすぎて心と体をこわしたひと…たちがいます。がんばる前から、「し ょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひと たちもいます。

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでくださ い。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにで はなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自 分の弱さを認め、支え合って生きてください。女性学を生んだのはフェミニズ ムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいた いとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱 者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。

東京大学で学ぶ価値

あなた方を待ち受けているのは、これまでのセオリーが当てはまらない、予測 不可能な未知の世界です。これまであなた方は正解のある知を求めてきました。 これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界です。学内 に多様性がなぜ必要かと言えば、新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、 異文化が摩擦するところに生まれるからです。学内にとどまる必要はありませ ん。東大には海外留学や国際交流、国内の地域課題の解決に関わる活動をサポ ートする仕組みもあります。未知を求めて、よその世界にも飛び出してくださ い。異文化を怖れる必要はありません。人間が生きているところでなら、どこで も生きていけます。あなた方には、東大ブランドがまったく通用しない世界で も、どんな環境でも、どんな世界でも、たとえ難民になってでも、生きていける 知を身につけてもらいたい。大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたしは確信しています。知を生み出す知を、メタ知識といいま す。そのメタ知識を学生に身につけてもらうことこそが、大学の使命です。よう こそ、東京大学へ。

平成31年4月12日
認定 NPO 法人 ウィメンズ アクション ネットワーク理事長
上野 千鶴子