細胞の時間 「エネルギーの小人達」

80歳を超えてより関心をもって考えることがあります。今までとは違う生きることへの好奇心が、自分の内面で立ち上がるのを覚えます。今まで夢中になり、強靭な信念で集中できていたことが、仕事や人間関係の領域で、突然、集中どころか、何の興味も関心もなくなってきたのを感じます。それは気まぐれとか、好き嫌いのレベルではなく、自分の中でエネルギーが立ち上がらないというような、細胞レベルの体感です。何かが大きくシフトしている感覚です。何かが構造的に変化している私の極めて個人的な感覚です。

一体何が私の中で起きているのだろう、と今年の初めから考えておりました。その理由を運命論や日常の忙しさや年齢のせいにして自分に言い聞かせるのは余りにも未熟であり卑怯です。

そしてはっとするモーメントがありました。

万葉集から来た「令和」という新しい時代の命名です。この「令」とは何かです。私には「令」とは美しいもの、善きもの、良きもののエネルギーが詰まったメッセージです。「和」はその「令」をバランスよく行動し、今までの自分を壊し、新しい自分になっていくこと。新しい意識と、そこから紡ぎ出された生活様式(ライフスタイル)を自他共々に喜び、寿ぐこと、と響きます。こうしてエントロピーを隔離する!

そうか。これか。これだったのか!そんな細胞レベルでの気づきです。

好きなことだけではない。何か自分では説明のつかないインパクトがあり、じっとしてられない衝動です。それはより「美しいもの」へもっと寄り添いたい願望であり、抵抗し難い引力に誘われた感覚です。それを表現してみたい、それをシェアしたい、といったような意識フェーズであり、私達のアルゴリズムから見ますと、第3フェーズがより成熟していくプロセスなのでしょう。もしくは新しい第1フェーズの誕生なのかもしれません。

この行程は、闇のど真ん中にいて、そこに一縷の光を見る、脳の認知能力なのかもしれません。今まで見えていなかったもの、見ていたけれど見えていなかったものやことが見え始めるというような体感であり、それでいて何か今までに見たことがあったような既視感覚(デジャブ体験)が交じり合った不思議な心象風景です。多少の不安と大いなる希望が同時に脈打つ、そんな体感です。

私はそれを95歳でばりばりの現役、藤城清治さんの仕事に見ます。瓦礫や廃墟のなかにこそ新しい生命の息吹を見る視座。崩壊の中にこそ新しい再生と復興のエネルギーを細胞レベルで感じる認知力。この摩訶不思議な生命の息吹を、小人達のメタファーで描き出すスキルと生命力には、畏敬の念を覚えます。

今週土曜日のコンサートでは、シャンソンという素材を使って、この「令」なるものを歌い出して「和」みます。新しいエネルギーのテンプレートなので、全くの不慣れな世界ですが、めちゃ楽しみです!